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| ●「ポジティブ人間」ほど、「つらい気持ち」を抱え込む |
| 「ポジティブであれ!」ということに異論はないけれども、これも「過ぎて」は不都合が生じるように思う。 気持ちがちょっと弱っている人に対して、わかったふうな顔で、 「もっとポジティブでなきゃ。私たちはまだ若いんだから」 「人生、前向きでいきましょ。うしろを振り返ってはだめ!」 などと、ぺろりというのは控えたいものだ。アドバイスしたつもりになっているかもしれないが、そのセリフの強さによっては、相手は気持ちを逆撫でにされているような、イヤな感じになることもある。 「つらさ」に耐えながら、ようやくの思いで日々を乗り切っている人から見れば、いわゆる「ポジティブ人間」というのは、うざったい存在に映ることもある。弱っている人にとっては、「ポジティブに」「前向きに」といわれると、ますます気持ちがつらくなることも多い。 それにしても、「ポジティブであること」「前向きであること」は、そんなにすばらしいことなのであろうか。 あっちもポジティブ、こっちもポジティブ、ポジティブであらずんば「よき人生」にあらず……と、世の中みんな、「ポジティブごっこ」に興じているかのように見える。けれども、「ポジティブでいかなきゃ」と自らを鼓舞しつづけるような生き方が、すばらしく幸せなものなのだろうか。 実際には、「ポジティブであらねばならぬ」という自分への締めつけが、結局、自分の首を絞めている……そういう図式の中で、日々「つま先立ち」になって、息苦しい思いでいる人も増えているようにも思うが、どうだろうか。 ある女性は、職場の同僚たちにも「彼女っていつも前向きで、つらいことがあっても、すぐに立ち直っちゃうのよね」と、うらやましがられている。 上司に叱られても、自分のデスクに戻れば、あっけらかんと「だいじょうぶ。なんてことないわよ」と笑顔を見せる。恋人に別れ話をされても、「まあ、恋人なんて、またすぐできるわ」と、前向き発言をする。 この女性は、じつはナイーブで傷つきやすい性格の持ち主なのだが、人の前に出ると、つい、このような言動をしてしまうのである。おそらく心の中は「ポジティブでなければならない」という思いに占領されているのであろうが、そこには「大いなる不安」が潜んでいることもよくあるケースだ。 こういう人には、ふつうに生きていくよりも数倍のエネルギーが必要になってくる。精神的にも、そうとうのストレスがたまる。 そのために家に帰って自分の部屋に入ると、とたんに何もやる気が起こらなくなり、ごはんも食べられないし、風呂に入る気力もなくなり、何もかもが面倒くさくなり、急にわけもなく泣き出したくなり……と、「つらい気持ち」と人知れず闘っている。 外では元気いっぱい、ひとりになるとガックリくる……これが「ポジティブ信者」に見られる、典型的な症状だ。 もっというなら「ポジティブ病」だ。もちろん、そんな病名はないけれども、「ポジティブであらねばならぬ」という思いが強過ぎるがゆえに、少し悲しいだけの自分をも否定し、こんな自分ではダメ……と、ますます自分を追いつめてゆく。ポジティブ・リバウンドとでもいうのか、その反動によって苦しみが増強し、よけいに「つらい気持ち」を抱えることになる。 |
| ●怒りたくなったら怒ったって、だいじょうぶ |
| ある新聞の四コママンガには、こんな場面があった。家庭の主婦が酒屋の若い御用聞きに厳しいクレームをつけている。その若い御用聞きがお客さん相手にいい返すこともできず、泣き出しそうな顔で立ち去ったあと、主婦が晴れ晴れとした表情で「ああー、気持ちがスッキリした」と、ひとこと。 なるほど、人に「怒る」ことは、いいストレス発散となる……? こういうと、「怒られる人の身にもなってみなさい!」と怒られそうだが、「怒り」を感じながらも、心の中に抑え込み過ぎると、自分がアブナイ。知らず知らずのうちに「心の病」となって、やはり「うつへの道」をさ迷うことになろう。 「怒り」は、外に出たがる。それも、かなり大きなエネルギーを持った感情だ。むりやりに内に押し込めようとすれば、強い欲求不満が生まれる。いや欲求不満でとどまっていればいいが、やがてその「怒り」を「怒っているのに、それを相手にぶつけることができないでいる自分は、なんて臆病なんだ。なんて気が弱いんだろう」と自分自身に向けるようになると危険水域に入る。「怒り」のエネルギーは大きいだけに、みずから自分の心を破壊することにもなりかねない。 「ほほえみうつ病」という病名もある。いつもニコニコしていて、一見、心は平和に保たれているように見えるが、じつはそうではない。怒りや不満を感じていても、悲しくなっても落ち込んでいても、そういった感情を表に出すことができなくなっているのだ。気のやさしい人、人への気遣いがこまやかな人が、自分の感情を抑え込み過ぎると、このような症状をきたすことがある。 私は、ときには「がまんできなくなったら、爆発する」ことがあってもいいと思っている。「爆発する」はいい過ぎたかもしれないが、怒りや不満を「表明する」ことは、むやみに避けるのではなく、したほうがいい。その方法が常識的なもの、適切なものであればいい。 ストレスをためるだけためて一気に「爆発」したのでは、相手も面くらうし、それまでの人間関係が壊れてしまうことにもなろう。「表明する」という形で、心の中にたまっているものを外に出し、相手に伝えるのであれば、逆に、お互いにわかり合えるきっかけになるかもしれぬ。 「ためる」から、つらい気持ちになる。ストレスが小さいうちに「外に出す」ことがうまくなれば、「つらい気持ち」も、だいぶやわらぐ。 |
| ●わがままをいっても、だいじょうぶ |
| 「わがままなことを、いうな。するな」という叱り文句は、親から、学校の先生から、職場の上司から、おそらく何回も聞かされたのではないかと思う。 しかし精神医学的な面からいわせてもらえば、わがままや自己中心、エゴイズムといった感情は、私たちが生きていく上で、とても大切なものであるといえる。 とくに私たちを、敗北や挫折の「つらい気持ち」から立ち直らせてくれて、「負けてたまるか。やってやるぞ」と新たな闘志を奮い立たせてくれるエネルギーの源泉は、この「わがまま」にあるのだといっていい。 逆境に強く、社会の底辺からのし上がってきて、一代で立身出世を遂げたような人は、性格的に少なからず「わがまま」なところを持ち合わせているものである。 ところで、「わがまま」というのは、もともとは仏教から出てきた言葉のようで、 「あるがままの我であること。自然な姿でいること」といった意味もある。 怒りたくなったら、怒ること。泣きたくなったら、泣くこと。気持ちがつらくなったら、それを隠さないこと。自分の正直な気持ちに逆らわないこと。ダダをこねたっていいのである。そういう自分であっても、だいじょうぶ、だいじょうぶ……これも、いい意味での「わがまま」のあり方だろう。また、それが「心の健康」「楽な気持ちで生きていくコツ」にも、つながるのではないかと思う。 私なりに、三つのことをアドバイスしておきたい。 ■がまんしないこと。 ■むりをしないこと。 ■自分を、よく見せようと思わないこと もうひとつ。「わがままなことをいったり、やったりすると、人から嫌われる」と思い込んでいる人がいるが、これは真実ではない。 じつは私の母が、やりたい放題の、わがまま人間だった。お嬢様育ちということもあったが、人からごちそうになったものも平気で「まずい」という。私の妻から借りて着ていたブラウスの袖を「暑いから」といってハサミで切って、少しも悪びれることなく「このほうが、いいわよ」と半袖にして返す。そんな「わがまま」なエピソードは、山ほどある。しかし、不思議なことに、多くの人から慕われていた。 わがままな人には、一面で何か、いいようのない温かな、人間としての味わいがある。それがまた、何ともいえぬ魅力となって、人の目に映るのだと思う。 |
| ●欠点だらけの自分であっても、だいじょうぶ |
| 動作がノロマ、口べた、そそっかしい、女性なのに女らしくない、男性なのにメソメソしている、こんなことでは人から嫌われるのではないか、人から疎んじられ、バカにされるのではないか……と、人の持つ劣等感やコンプレックスの背景には、そういう意識がひそんでいることが多い。そして、そういう自分をクヨクヨ思い悩むことになる。 しかし、ほとんどの場合はたんなる「思い込み」であって、周りの人たちは、そんなあなたを嫌ってもいなければ、バカにもしてはいない。ヘンないい方になるが、周りの人は周りの人で、それぞれ自分の劣等感やコンプレックスと闘っているのであり、他人の劣等感などには気が回らないのである。あなたも「他人の劣等感」に注目することはないでしょう? だから、劣等感やコンプレックスなど「幻想に過ぎない」のである。 よく「自分らしく生きよう」などというが、ここで注意してほしいのは、あなたが「自分は、ここが人よりも劣っている、これが自分の弱点だ」と思っているものを含めて、それがあなたの「自分らしさ」という点だ。「自分らしさ」は長所や、誇れるものばかりででき上がっているわけではない。 そのことを了解した上で、いいところ悪いところすべて含めて「自分らしく生きよう」と考えてこそ、「自分らしい生き方」につながる。 長所だけで生きていこうとすれば、心のバランスが崩れて、よけいに気持ちがつらくなってゆく。ヤジロベーのように、片手に長所、片手に欠点、そのちょうどいいバランスで平衡を保っている。 そして、そういうバランスのいい生き方ができてこそ、より長所をすばらしいものに伸ばしていくこともできるし、欠点としか思われなかったものを、「うまく生かす」ことも可能になる。実際、欠点であったものがうまく作用して、大きな成功につながったという人は多い。長所という「いいとこ取り」で生きようとするのではなく、「欠点もまた自分である」と考えながら、バランスよく進むのが、いい結果をもたらす。実際、ウデのいいセールスマンほど「口べた」という話も聞いた。 |
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