立ち読み Shinkosha Book Web 新講社

「クヨクヨぐせ」を直せばすべてうまくいく
斎藤茂太
ISBN:4-86081-069-4  C0095
発行年: 2005年5月10日
定価: 1,365円(税込)

2章 そのクヨクヨも、無駄ではない
●クヨクヨ時間は、できるだけ短くする
 ある電気メーカーに勤める A さんは、製品開発部のエンジニアの中でもっとも若い。そのせいか、本来なら苦情処理係ではないのに、専門的な内容の苦情に対しては、なんやかやと引っ張り出されるのだそうだ。
 ときには「こんな操作がわかりにくい製品をつくって、どういうつもりだ」……と、こんな腹立ちまぎれの苦情にも対応することがあるらしく、そのたびに A さんの心にクヨクヨが生まれるという。というのは、開発会議の段階で A さんは「もっとシンプルなほうがいいんじゃないでしょうか」と提案したのに、販売部は、使わない機能でも多機能であったほうが売れると主張し、これに屈したという経緯があった。
A さんのクヨクヨは、「自分の提案どおりの製品だったら苦情もこなかったのに」というところにある。
 自分の提案を拒否しておいて、そのためにトラブルが起きている。それなのに、そのしりぬぐいも自分がしなければならないハメになっている……「なんで自分が苦情の処理をしなきゃいけないのか」と。
 しかし、それも新しいプロジェクトが始まるまでのことで、次の製品は「操作しやすいもの」に重点を置いたものであり、それでもときどき苦情電話はくるけれども、「まあ、こんなこともあるさ。これは次の新製品に生かそう」という前向きな気持ちでいられるという。心のありようで、クヨクヨもなくなったということだろう。
 これまで「クヨクヨしたことがない」という人は、まず、いない。誰だってクヨクヨすることはあるけれども、そのクヨクヨしている時間が長い人、その時間が短い人という違いがあるように思う。
 クヨクヨ時間が短くてすんでいる人は没頭すべき何かがあったり、次から次にやってくる課題を処理したりしている人に多く、クヨクヨが長く続く人は、ヘンないい方になるが、クヨクヨしていられる時間を与えられている人ともいえよう。
 自分がクヨクヨしやすく、また日々時間に追われているわけでもない……と感じている人は、仕事でも習い事でも、自分のやるべきことを増やしてみてはどうか。
 面倒くさいことを増やすのではなく、自分がやりたいこと、苦にならないことをスケジュール帳に書き込んで、「自分にはやるべきことがある」と思ってみる。
 これだけで、いつの間にか次にやるべきことを考える脳になっていき、その分、クヨクヨは頭の中から排除されてゆく。
4章 「むかしの自分」と比べてみよう
●コンプレックスは「自分の力」を発揮するために使え!
  コンプレックスというのは、体の一部に関してだけでも、足が短い、 O 脚だ、顔が大きい、脂ぎっている、背が低い、胸が小さい、ガラガラ声、細い目、かなり危険になっている生え際、若いのに半分は白髪、二重あご、三段腹……など数えきれない。
 中には、「そんなことがコンプレックスになっているのか」と信じられない気持ちになるものもあるが、本人が悩んでいるのだから他人にはどうにもならない。
 コンプレックスを抱えてクヨクヨしていると、日常のつき合いの中でも、どことなく消極的になり、人との関係もいいものにならないことも多い。また、学歴や職歴がコンプレックスになることも少なくない。
 同じ仕事をしていて、どう考えてもできのよくない後輩が大卒というだけで出世してゆくのを見上げて、「俺は大卒じゃないからな」と、自分の気持ちをなだめている人も少なくないのだろう。心の中ではクヨクヨし、学歴の高くない自分を恨みたくなるかもしれないが、ここはクヨクヨするのではなく、「努力で覆してやろう」という気構えを持ってほしいものだ。
 世の中にはそういう人が実はたくさんいる。大学の通信部や夜間部に通い、六年も七年もかけて大卒の資格をとった人もいれば、放送大学やテレビやラジオで学ぶことができるシステムも、多くの人に大卒の資格を与えている。
 あるいは、大卒者も持っていない資格をとって対抗している人もいる。商業高校から会社に入り、簿記検定を次々と昇給し、税理士の資格までとり、高卒ながら経理の責任者になった人も少なくないだろう。
 多くの人が、自分で学ぶことによって、コンプレックスを解消していくのだ。私は、コンプレックスはパワーの源であると信じている。
 コンプレックスというのは自分がクヨクヨするためにあるのではなく、自分の力を発揮するために活用するのが正しい方法のように思う。
5章 なぜ「いい人」ほど、クヨクヨするのか
●クヨクヨする姿は、ときに頑固な人に見えることがある
 落ち込んだり、クヨクヨしたりしている人に対して、親身になって考え、手を差し伸べようとする人がいる。クヨクヨの原因を取り除ける道筋を教えたり、心を軽くしてあげようとしたり……ありがた迷惑な場合もあるが、そこには「優しい目」が感じられるし、救われた気持ちになることのほうが多いだろう。
 しかし彼らも、いつもいつも優しい目を向けているわけではない。例えば、クヨクヨしがちな人が、素直にアドバイスを聞いたり、好意を受け取ろうとしたりしない場合は、腹も立ってくるし、いつまでも「優しい目」ではいられなくなるようだ。
 ■アドバイスに耳を向けて「なるほど」と思って立ち上がったり、
 ■「不安だけど、彼女のいうとおりにしてみよう」と決断したり、
 ■「彼のいうように、もう気にしないことにしよう」と、なんらかの結論を出したり…
 …と、目に見える反応をしてくれれば「優しい目」でいられるのだが、何をいっても響かないことがある。
 おそらく決断力がないのだろうが、アドバイスするたびにいちいち、
「でも、そうすると○○さんに迷惑をかけるから……」
「ええ、わかったわ……でも、それは私の性分に合わない……」
 などと言を左右にし、なかなか動こうとしない。アドバイスする人からすると、「頑固な人だなあ。私がいったように考えれば、そんなに悩まなくてもいいのに」となる。
 どうしてわかってくれないのか……と、そのうちに腹の中が煮えくり返ることもある。こうなると、いつまでも「優しい目」ではいられない。
 変ないい方になるけれども「優柔不断が頑固に見える」……よくあるケースではないだろうか。これもクヨクヨ人間の特徴だ。
●クヨクヨするより、運動不足を解消しよう
 若い頃は、怒ったり、叫んだり、傷ついたりしながら、人を愛し、目の前の目標に向かって走る……それで失敗しても、周りからは大目に見てもらえる年代といえる。けれども大人になってみると、感情をむき出しにするわけにもいかず、日々、我慢と妥協を強いられるのはしかたのないことだろう。
 それでもいきいきと働こうと思えば、年齢にも社会的な立場にも関係なく、それなりに若い頃の気持ちの高ぶりを「再現する」こともできよう。
 ところが、クヨクヨしている人を見ると、若い頃から気持ちの高ぶりを感じたことがないのではないかと思うことがある。
 汗にまみれて、体を動かし、よけいなことを考えずに、ただひたすら前を向いて走るような経験もなく、その分、傷つくこともなく若い頃をたんたんと過ごした人のようにも見える。どこか、運動不足で、消極的な人というイメージが強く、仕事でも遊びでも「活躍できない人」のようにも見える。いつまでもクヨクヨしていれば、周りの人も声をかけずらくなり、そのうち面倒になってくるだろう。
 クヨクヨ人間は、結局、元気のない人、積極性のない人と見られ、存在感を失っていくことになりやすいかもしれぬ。
 そうならないためには、意外なことと思うかもしれないが、ここでは、しっかりと体力をつけようといっておきたい。
 例えば、夜型はやめて、朝型にする。車通勤はやめて、できるだけ歩く。朝食をしっかりと食べ、タバコをやめる。
 高カロリーの動物性脂肪を極力減らし、休日は家でゴロゴロせずに、スポーツで汗を流すとまではいわないが、できるだけ体を動かす。
 思っていてもなかなか実行できない人は、まずスポーツウェアを買ったり、ジョギングシューズを買ったりしてみてはどうか。それが「きっかけ」となって、ある日突然、「運動したくなる」こともあるだろう。
 心の問題は、体を鍛えることで治るケースも多いことは忘れないでほしい。
8章 「生き方上手」になってみないか
●根拠のない自信でも、うまくいくものだ
 クヨクヨしがちな人から見ると、「楽天家といわれる人は、なんで、そんなに自信があるの?」と思えることが多い。
 上司から初めての仕事を頼まれたときでも、クヨクヨしがちな人は不安が先に立つものだが、こんなとき楽天家は「なんとかなるだろう。やってみよう、なんか、できそうな気がする」と、思うもののようだ。
 なぜか自信がある……クヨクヨしがちな人から見ると、「なんの根拠があって、そんなに自信があるの?」といいたくなるかもしれない。
 しかし彼らの自信の支えとなっているのは、それまでに蓄積していきた「これまでなんとかしてきた」という記憶である。それは無自覚の記憶といえそうなもので、遊びでもスポーツでも勉強でも、知らず知らずのうちに「成功へのプロセス」を身につけてきたということなのだろう。
 何事にも臆してしまう人というのは、失敗した記憶ばかりが脳裏に染みついているのであろう。けれども、実はこの記憶は、実績の優劣とは関係がないのであって、臆するタイプの人でも、楽天的な人より、ずっと実績のある人がたくさんいる。
 つまり、考え方ひとつ。楽天家が持っている一見、根拠のない自信は、誰にでも持つことができるのである。
 いい記憶を蘇らせ「私だって捨てたもんじゃないわ」と思うことによって、少しは自信が戻ってくるだろう。自信がつけば、初めてのことでも、「私は、○○ができたんだから!」と、強い気持ちになれる。
 過去の自分を見直してみる、ポイントはそこにある。そのとき、楽天家といわれる人は、「うまくいったこと」だけを思い出すのであろう。楽天家でない人は、「失敗したこと」だけを思い出すようだ。何を思い出すかが分岐点となっている。ぜひ、自前の「成功へのプロセス」を思い出してほしいものだ。

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