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| 3章「弱点勝ち」で、生きてみないか |
| ●「劣等感があるから幸せになれない」は、思い違いだ |
| 劣等感やコンプレックスがあるから「私は幸せになれないんだ」と考えている人がじつにたくさんいる。まず「違いますよ」といっておこう。 むしろ劣等感は「歓迎すべきもの」で、私は、コンプレックス・パワーと呼んでいる。劣等感も、知らず知らずのうちに得意分野になっているのである。 たとえば、人づき合いが上手な人。私の知り合いたちにも、社交的で気さくに人と仲よくなることがうまく、話が上手でユーモアのセンスも抜群といった人がたくさんいるが、話を聞いてみると「子どもの頃はねえ、人見知りで友だちを作れなかったんですよ」という人が多い。 初めは「まさか、そんな」と驚いてしまうのだが、しかし謙遜でそういったのではなく、また嘘をいおうとしたのでもない。ほんとうに、そうなのだったのだろうと思う。 「自分は人見知り」という劣等感から、交際術といったものを懸命に勉強し、気配りもし、人が集まるところへも積極的に顔を出すようにする。そういう日頃の訓練から、いつの間にかすっかり「人づき合いが上手な人」になっているわけだ。これがコンプレックス・パワーだ。 長生きをする人にもいえる。80歳90歳になるまで元気でいられる人には、あんがい「若い頃は、体が弱かった」という人が多い。 「人よりも体が弱い」という劣等感から、栄養のあるものをちゃんと食べ、足腰が弱らないようにと運動も欠かさない。何事にもムリなことはせず、規則正しい生活を送る。そのうちに気づけば「長生きをしていた」というわけだ。 人の向上心や意欲の原動力となっているのは、その人のコンプレックスであることが多いのだ。人の長所や特技といったことは、じつは劣等感の裏返しなのである。だから、そのために「幸せになれない」などと考える必要はまったくない。 劣等感があることが、その人の「幸せになるチャンス」なのだ。 |
| 4章 人間関係のコツは、「ヨソヨソしさ」にある |
| ●人と人とは、恐る恐る仲よくなってゆく |
| 「気が弱くて、気軽に人に話しかけることができません。初対面で、すぐに人と仲よくなれる人を見ていると、うらやましく思います」という人がいる。 「それで、いいんですよ」といいたい。「そういう性格だからといって、いい友だちができないわけではないのですから」と。 私も、親しい友人に先立たれるという経験を何度かしてきた。いまでも懐かしく思い出すのだが、考えてみれば無二の親友といった人であっても出会った当初から意気投合したわけではなかった。 もちろん「この人とは、いい友だちになれそうだな」という予感はあったものの、すぐに手を取り合って、お互いに「親友、親友」と呼び合ってじゃれていたわけでもなかった。ゆっくりと時間をかけて友情を育てていったというほうが正しい。 それで、よかったと思う。また真の友情とは、そういうものではないかと思うのだ。初めて出会ったその日に意気投合し、まるで血を分けた兄弟のような関係に……なんて、どこか嘘臭い話ではないか。 「仲よくなりたい人がいます。一度食事とか映画にでも誘って、打ち解けて話をする機会を作りたいのですが、あっけなく断られるのが怖いし、ご案内したレストランを気に入ってもらえなかったらどうしようとも思うし……どうして自分は、こんなに引っ込み思案なんでしょう」という人もいる。 まだお互いによく知らない相手に対して、そういう気持ちになるのも当たり前のことだし、何もあなたが「引っ込み思案」なためではないようにも思う。 このように、ある人との関係を結んでゆく段階で、怖くなったり戸惑いを感じたりするのは、あなたが「心やさしい人」だからだろう。相手の気持ちを気遣う、やさしいデリカシーを持っている証しだ。 気に病むことはない。きっと相手は、黙っていても、あなたのやさしさに気づいているだろうし、やさしい気持ちがあってこそ、いい人間関係が育まれてゆく。 |
| 5章 言い訳上手は、生き方上手 |
| ● 朝起きて、すぐにボケーッとしてしまう人は要注意 |
| 散歩やスポーツをして、心身の疲れが取れないとき。気持ちがリフレッシュしないとき。気づけば、またボケーッとしている、というとき。 とくに朝目覚めたときにボケーッとしてしまって、顔を洗う気にも朝食を食べる気にもならないといったとき。 そんなときは、要注意だ。うつ病の一歩手前のところまできているかもしれぬ。 「うつ病」と聞いて、「そんな病気は、自分には関係ない」とタカをくくる人も多いのだが、うつ病は、いまや国民病といっていい。あなただけが関係がないということはありえない。 むかしは働き盛りのサラリーマンに多かったが、女性の社会進出が進むようになって女性のうつ病患者も急増している。一方、家庭の主婦も安心はしていられない。子育てのストレスからうつ病となる主婦も増えてきた。 ところで、うつになりかけているというときには、必ず自覚症状が起こる。風邪をひきかけたとき、体がだるくなるのと同じだ。その自覚症状について、典型的なものをここでざっと挙げておこう。 まずは無気力だろう。何もやる気が起こらないという症状だ。とくに先ほども述べたが、朝爽快な目覚めができない。十分に寝たつもりだが、目覚めたときに疲労感が残っている。ベッドから起き上がることができずに、10分も20分もふとんの中でグズグズしているといった症状は、うつの典型的な症状だ。 また食欲がなくなり、会話も少なくなり、性欲が減退する。 ただしうつ病のパターンにもいくつかあって、無気力型に対してイライラ型というのがある。ともかく気持ちが焦ってきて、イライラしてくる。 このタイプの場合は会話が減るどころか、かえっておしゃべりになる。また性欲も旺盛になる。タバコやお酒の量も増える。気持ちのイライラを抑えられなくなり、それがしゃべること、セックスすること、またタバコやお酒に向かうのだ。 神経症型というパターンもある。外出するさいに、ガスや電気をちゃんと止めてきたかどうか心配になって、何度も家の鍵をかけたり開けたりを繰り返す。人にいったことが、しっかり伝わっているか不安になって、何度も確認を取り直す。このタイプも、やはり不安を打ち消すために多弁になり、食欲過多になり、吐くまで食べ、吐いてまた食べるといった行動を取ることもある。 いずれにしても日常生活において、食欲、会話、酒、タバコ、セックスに極端な変化が現われたときは、危険信号だ。 |
| 6章 華麗なる失敗で、豪快に恥をかこう |
| ●「謝り方」に、その人の人柄が出る |
| 何気なくいったひと言が、相手の心を深く傷つける。これが失言だ。 とはいっても、笑い顔が消え、目が釣り上がり、口はへの字に曲がってという、相手のただならぬ様子から、「あ、悪いこといっちゃったかな?」と感じたとしても、ここで「何か悪いこといった?」と相手に確認を取る人は少ない。 人は、自分の失敗を認めたがらないもので、「かな?」とは感じても、「別に特別なことをいったわけじゃなし、怒った顔をしているけど、相手も何もいわずに黙っているから、ぼくもこのまま黙っていよう」と、その場をやり過ごしてしまう人がほとんどだろう。 しかしこういった失言を、相手はあとあとまで根に持っているものなのだから安心できない。 「かな?」と感じたときは、「いった?」と確認を取り、できれば「気に障ったら、ごめんね」と謝っておくこと。あとあとまで問題が起こることがないように。 のみならず、こういうことができるかできないかで、「あの人は、信用できそうな人だ」となり、逆に「つき合っていけそうもないな」と思われる。 失敗の処理の仕方に、その人の人柄が現れる。失敗はだれでもするが、その処理をうまくできる人は「だれでも」というわけではないようだ。 |
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