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「退歩的文化人」のススメ 嵐山光三郎〔著〕 ISBN: 4-86081-051-1 C0095 発行年: 2004年09月09日 定価: 1,500円(税込) |
1.無理をしないこと が退歩の条件。のんべんだらりと一日を過ごし、冗談いって生きるのが老人の特権である。価値観は多様化して、なにが進歩なのかわからない。ということでやたらと人気なのが、 2.スローフード である。これはファーストフードに対抗する料理で、ゆっくりとスローに作る。ここにある「スローな気分」は「昔へ戻ろう」というせつない希求心で、進歩的文化への反省である。もはや進歩は価値ではなくなった。 3.ローカル線の旅 4.ぼろっちい山の湯 いずれも退歩的でスローな趣味で、私がそのひとりである。貧相なる山の宿に泊まり、古障子の破れ穴より、原生林から差し込む光を見る。これぞ退歩する悦楽といってよかろう。 5.老人力 は、ボケ、老化、衰弱を妖術として使い、進歩を無用のものとしたものの、ボケが進行する。はては介護老人となり、思考が消えて、単なる粗大ゴミ化する。老人力は現象の肯定であって、文化ではない。 6.護憲運動 これは保守反動である。と書くと「なんだそりゃ」といぶかる人がいるかもしれない。保守反動は進歩的知識人の対極にある悪玉であった。しかし、保守とは「現状(憲法)を守る」という立場である。反動とはゆりかえし作用であって、ボールを地面に投げれば、その反動ではねあがる力をいう。転じて、時の流れにさからうことを意味する してみると、戦争流行の時代にあっては、反戦運動という反動作用がおこり、「憲法を守り、時代に抵抗する」行為は保守反動となる、進歩の中味が変質したために、こういったねじれた現象となる。 7.古本人気 は退歩文化の極にある。新刊で読みたい本が少ないから、古書店を廻り、古本をあさる。こう考えてみると、私は退歩に退歩をくりかえしてきた保守反動の確信犯である。 ワープロ全盛の時代では、 8.手書きの原稿 は時代遅れである。それを知りつつ、「ワープロで原稿を書く者には負けない」と確信する。一字一句を全霊かけて手書きしてこそ、言霊が読者に伝わる。葉書一枚にしてもしかりである。ワープロで書いた文章には魂がない。気持も入らない。Eメールの文章なんてカスだ、と思う。つまり、進歩について行けない。 9.古着ブーム 10.納豆飯主義者 美食の時代にあって、「納豆とごはんが一番」と言う人は、貧乏だからそうしているわけではない。ありとあらゆる料理を食べつくしたはてに、この結論にたどりついた。未来学者を名乗る珍妙なる一味がいたが、進歩的文化人と同じく千代紙細工のようなつくりものだからバケの皮がはがれて絶滅した。 11.再婚する男 せっかく離婚して自由の身となったのに、また結婚の愚をくりかえすのは、退歩症候のあらわれだ。「畳変えて古い女房はそのまんま」でいきなさい。 12.町並み復活 列島改造で失われた日本の古き町並みをとりかえそうという心意気がよい。一度こわしてしまった町を再現するのは、新ビルをつくる数倍の労力と金がかかる。日本オンボロ列島でいいではないか。よみがえれトタン屋根の町よ。 13.おばさんタレント 料理、収納、旅行、占い、フリーマーケット、掃除、ガーデニングの技で商売をする。技がなくとも、「おばさん」的発想で、ぐうたら者を退歩安心させる存在は、進歩的なるものの幻想をうちくだく。 14.遍路の旅 白い死装束と、卒塔婆がわりの杖をついて四国巡礼の旅に出る人は、歩いて「死ぬ愉しみ」を享受する退歩的文化人である。一歩一歩足を運ぶことによって、自分の肉体とむきあう。スポーツカーに乗って走り廻るアンちゃんネエちゃんたちは、一九六〇年代高度成長期の遺物である。ぶっとばせばいいってもんじゃないのだ。 15.古民家暮らし 一家そろって田舎へひっこんで、農業をやって自給自足の生活。いろりの横で芋汁鍋をすすっている。これはやってみると退屈して、また町へ戻ってくる。あるいは意地で田舎暮らしをつづける人もいるが、時代からずり落ちる覚悟は見るべきものがある。古来より、日本人があこがれた隠者的生活であろう。 テレビ番組で退歩的なものをさがすと、 16.プロジェクトX である。この番組に出演するのが男の晴れ舞台であったが、いずれも時代遅れの連中だ。「そのとき、山田は考えた。もう、あとへはひけない、と」というナレーションが入り、アナウンサーに「大変な御決断でしたね」とふられて涙ぐんでうなずく。古くたっていいじゃないか。思い出だけが人生だ。 17.なんでも鑑定団 ブリキのおもちゃが三十万円もするのか。と驚きつつ、捨ててしまった玩具に思いをはせる。とっときゃよかったなあ、と溜め息をつくけど、道具屋がそうやって値をつり上げているだけだ。これは退歩商売の手口である。一千万円はすると信じていた古皿が、じつは三千円なんてのがよい。偽者をつかまされた人ほど人間味がある。 18.着物趣味 大学生で、古い着物を着て「着物愛好サークル」を作っている人がいる。また、着物の似合う女性は色っぽい。日本の首相や閣僚は、全員着物姿で外国へ行け。チンケな背広を着ているからなめられるのだ。 19.オリンピックの金メダル 「いまさらオリンピックでもなかろうに」なんて言いつつも、みんなオリンピックに熱狂する。メダルなら金に限る。銀は「苦吟」しているみたいだし、銅は「どうだってよい」 20.老舗のカレーライス いつまでも「母親が作ってくれたカレー」なんてなつかしむな。老舗のプロのカレーを食べてこそ、舌が退歩する。私は東京日比谷公園にある松本楼のカレーに愛着を感じる。味覚は昔へ昔へとさかのぼっていき、そこで思い出に会う。 21.「奥の細道」ツアー 列車に乗ると、進行方向と逆の席にすわるときがある。すると、うしろへ、うしろへと進んでいき、車窓風景が前方へぶっとんでいく。あの後退する感覚が、なんともいえぬ恍惚感となる。進歩的なるものがすたれたのは、思想優先の啓蒙主義にあった。「進歩しなけりゃいけない」という呪縛からはなれると、肩の力が抜け、自然体となる。 22.カルチャーセンターの授業 かつて第一線で活躍していた学者や小説家が、カルチャーセンターの講師となり、安い給料で講義しているのがいとおしい。あれは生活のためにやっているのではない。教える相手が欲しいのだ。かつて幸田露伴は、長屋の御隠居となって客を集めて講釈をしていた。そういえば、 23.大学の客員教授 は、還暦後の退歩的生活として理想の姿である。授業を聴いてくれる学生がいれば、自分の現在を知る作業ができる。教授会に出なくていいし、純粋に講釈だけをすればいいんだからね。私は東京農大の客員教授である。 24.俳人 25.高齢の落語家 26.会社相談役 いずれも余裕しゃくしゃくで自在である。 27.新聞社の編集委員 これまた、うらやましい仕事で、つぎに生まれたら、編集委員ていうの、やってみたい。そこにいるだけでいいんだものね。ようするに、 28.なんにもしない生活 これが退歩的文化人の理想の姿なのである。進歩という幻想から身をひき、さりとて枯れたわけではなく、意欲的に後退していき、ぼけずに、だらだらと生きていく。悟ってはいけない。迷いつづけて不良なる精神を持ちつづける。「なんにもしない」のに、悠々としている。 29.友情 30.飲酒 31.隠居 32.散歩 33.朝寝 これらはすべて退歩の条件であって、退歩しつつも、そこに至福の価値を見つけるのがコツであります。
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