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日本人なら知っておきたい「名句・季語・歳時記」の謎 日本雑学能力協会〔編著〕 ISBN: 4-86081-056-2 C0095 発行年: 2004年10月01日 定価: 1,470円(税込) |
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第3章 秋の謎 ●「月」はなぜ秋の季語か 春を代表する季語は「花」ですが、秋は「月」になります。春が「花」というのは実感でわかりますが、なぜ月は秋の季語なのでしょう。冬の冴えざえとした月も、春の霞んだような月もそれぞれに風情があります。実際の作品にも、たとえば「菜の花や月は東に日は西に」(蕪村)といった名句があります。 それでもとにかく、単に「月」といえば秋の月になってしまうのです。 月 さ し て 一 間 の 家 で あ り に け り 村上鬼城 ふ る さ と は 川 の 上 手 に 月 上 る 京極杞陽 こういった作品は、月が秋の季語だという前提があるから味わい深くなります。 月にちなんだ秋の季語は、これまた無数にあります。新月から満月に至るまでのそれぞれの月が季語となっています。「上り月(上弦の月)」「二日月」「三日月」「夕月」「待宵」と続いて「名月」になり、さらには「十六夜」「立待月」「居待月」「臥待月」「更待月」と延々と続きます。 これも考えてみれば不思議です。月の満ち欠けは年中あるのに、なぜか秋の月の満ち欠けだけが季語となっているのです。 なかでも「名月」は秋の月を代表する言葉となっています。中秋の満月のことですが、「名月」となればもう、俳句だけではなく日常生活においても秋のものなのです。 名 月 や 池 を め ぐ り て 夜 も す が ら 芭蕉 名 月 や し づ ま り か へ る 土 の 色 許六 名 月 を 取 て く れ ろ と 泣 く 子 か な 一茶 名月は陰暦八月の「十五夜」になります。「十五日」ではなく「十五夜」、つまり新月から数えて十五日目の月です。いまの暦でいうと、九月の十七日前後です。 中国では十五夜を中秋節と呼びました。家ごとに祭壇を設け、枝豆や鶏頭の花をささげ、月餅やウリを供えたといいます。日本でも同じように、ススキの穂や月見団子、里芋、枝豆などを供えます。 十五夜は別名、「芋名月」ともいいます。もとはといえば、十五夜のお供えは芋の収穫儀礼でもあったのです。稲作以前には、日本でも里芋などの芋類を栽培していたようですから、月見の行事はきわめて古い農耕文化の名残りといえるでしょう。それに中国の中秋節が伝わったことで、いよいよ「月」は秋のものとなったのです。 ●満月はどれくらい明るいか 名 月 や 畳 の 上 に 松 の 影 其角 満 月 の 暗 闇 多 き 奈 良 の 町 加藤知世子 都会暮らしでは、月明りといってもピンときませんが、民家の灯も街灯もない田舎道を歩くと、満月の明るさにはあらためて驚かされます。自分の影法師だけでなく、木立ちや家の影もはっきりと見えて、つまり「暗闇多き」がよくわかるのです。 満月の明るさを数字で示すと0.22ルクスになります。100ワットの電灯をおよそ20メートルの高さにぶら下げたぐらいです。それが明るいかどうかは意見の分かれるところですが、闇夜に比べればはるかに明るいのは事実です。 しかも、月は欠けるにしたがってどんどん暗くなります。半月のときは、満月のわずか10分の1の明るさにまで落ちてしまいます。つまり、満月を境に月は急速に暗くなっていきます。 その様子が寂しさや、あるいは逆に安らぎにもつながったようで、昔の人は満月のあとの月に格別の思い入れがありました。 たとえば十六夜は「いざよい」ですが、これは「ためらう」という意味です。前日の満月に比べると、やや遅れがちにためらうように現われるからです。 わずかな時間の差ですが、それでも月の出を待ちわびた人たちにとっては「ためらう」感じを持ったのでしょう。 十七夜以降は「立待」「居待」「臥待」「更待」と続きます。更待は二十日月ですから、月の出は夜10時くらいです。現代ならまだ夜更けとはいえない時間ですが、貴族たちはひと眠りしてから眺めたことになります。 ●アカトンボは初めから赤くはない 神話の世界では、日本は「豊秋津洲」と呼ばれます。「秋津」とはトンボのことですから、直訳すれば「トンボの多い島」となります。沖縄諸島や東北地方の一部では、いまでもトンボを「アケズ」というそうです。 トンボにはたくさんの種類がありますが、ふつう、ただトンボといえばアカトンボを指すことが多いようです。 肩 に 来 て 人 懐 か し や 秋 蜻 蛉 夏目漱石 アカトンボの代表はナツアカネとアキアカネです。見た目の違いはほとんどないのですが、アキアカネは六月ごろ羽化して、いっせいにどこかに飛んでいってしまいます。行き先は山です。ときには3000メートルの高山まで上るといわれます。 夏の盛りを過ぎて、山に冷気が漂うようになると、アキアカネは次第に里に降りてきます。ナツアカネのほうは、大きな移動はせずに、夏の間は近くの森や林の中で過ごします。 アカトンボとひとくちにいっても、赤くなるのは成熟したオスだけです。メスや、羽化したばかりのオスは橙色の体です。ナツアカネは赤くなくて、アキアカネは真っ赤というのは、成熟度の違いということになります。アキアカネが町に現われて人目に触れるころは、十分に成熟したころだからなのです。 と ど ま れ ば あ た り に ふ ゆ る 蜻 蛉 か な 中村汀女 アカトンボはなぜか、一匹が目につくとあたりにたくさんいるのに気がつきます。あるいはこの句のように、歩みを止めれば周囲を埋め尽くすようなアカトンボに気づきます。 ひと群れ、ひと群れと山から降り始め、やがて大群が町のあちこちに姿を見せるようになると、いよいよ秋だなあという気がします。 ●「蚯蚓(みみず)鳴く」とはどういう意味か 童 子 呼 べ ば 答 な し 只 蚯 蚓 鳴 く 正岡子規 鳴くはずのないものを鳴かせるのが俳句のユーモアでもあります。ミミズどころか亀やミノムシまで鳴かせてしまいます。 亀 な く と た ば か り な ら ぬ 月 夜 か な 木歩 蓑 虫 の 父 よ と 鳴 き て 母 も な し 高浜虚子 「亀鳴く」は春の季語ですが、「ミミズ」や「ミノムシ」のほうは秋の季語です。 ミノムシはオスは成虫の蛾になって袋から出てきますが、メスは一生、袋の中で過ごすというなんとも哀れな生き物です。そこで、「父よ父よ」と鳴くのだそうです。 亀やミミズのほうは、それぞれ春や秋にどこからともなく聞こえてくる鳴き声を意味しています。 夕方、あるいは夜、土の中からジーッと鳴く声がします。正体がわからないけれども、亀だといわれればそういう気もしますし、ミミズだといわれればありそうなことだと思ってしまいます。 ミミズが鳴くことに関しては、古い民話が残されています。ヘビとミミズの話です。 昔、ヘビは歌が得意だったけれど目はなかったといいます。そこにミミズが歌を習いにきました。ヘビは目と交換するなら歌を教えてもいいとミミズにいいます。ミミズは承諾し、それ以来、ヘビは目を持ち、ミミズは目を失った代わりに声がよくなったというものです。 いずれにしても、ミミズは鳴きません。では、秋の夜更けに地中から聞こえてくるジーッという長い音はなんなのかといえば、あれはケラ(オケラ)の鳴き声だといいます。ケラは地面に穴を掘って暮らしますが、そのオスがジーッと低い声で鳴くのです。 |
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