|
まえがき
世の食通、食道楽を自認するご仁が、一番緊張する食の店は──といえば、まずは寿司
の一流店ではないか。
話には聞く。そのネタの極上ぶり、シャリの絶妙さ。また、酒肴への、その店ならでは
のこだわりや新趣向。感嘆と驚きの至福の味。
一度は行ってみたい。そののれんをくぐってみたい。格子戸を引いてみたい。一流寿司店の光の中で、夢見るような寿司に舌鼓を打ってみたい。
しかし、ご存知のように、一流の寿司店は一種の聖域である。
まず値段がわからない。何から注文すれば一目置かれるか馬鹿にされるのか、確たる自信がない。酒を飲んでいていいのか、それとも握られたものはパッと食べて席を立つべきか。美人と一緒だと甘く見られてぼられはしまいか、等々等々。
なるほど聖域か。
で、あるのならば、ともかくぐるっと一わたり巡ってみようじゃないか。
これぞ一流店、と噂される江戸前寿司を、一店一店。そして、その微細までをこの世に明らかにしようではないか──というのが、この本が書かれることとなった発端である。
つまり、垂涎(すいぜん)の読者になりかわり、わが身を挺して聖域に足を踏み入れ、その実相をしかと受けとめようという一途な殉教的精神が、この書を生み出すきっかけとなっ
た。
などと、もったいをつけてもしょうがない。つまりは、飛びっ切りの旨い寿司をここ、
あそこと食べ歩き食べ比べてみたかったのである。
今日、選りすぐりの寿司職人の超絶の技と味を、かたっぱしから堪能したかっただけなのである。
だれもがやりたいことはこちらがやる、の実践である。
そして、その結果は──ゆるりと本文をご覧いただきたい。噂にたがわぬ驚異と賛嘆の
寿司世界が報告されているはずである。
まことに陳腐なキャッチフレーズで恐れいるが、この書はまさしく 、
「読んでから行くか、行ってから読むか」
という、希代なる寿司世界探訪の書といわねばならない。
では、まずはのれんをくぐって、席についてみよう。
おしぼりが出た──さあ、これからだ。
|