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「長女」のための本 多湖輝 ISBN: 4-86081-002-3 C0095 発行年: 2003年01月10日 定価: 1,365円(税込) |
第1章 第1章 きょうだいの中での『長女』の立場 ●なぜ「オーナー社長」が長男なら、長女は「中間管理職」なのでしょうか? 数人の若い人たちと雑談をしていたときのことです。 たまたまそこにいた人たちが長男、長女だったことから、長男が得か長女が得かというような他愛のない話になりました。 わたし自身は末っ子の三男なので、時折必要なアドバイスをはさみながら、楽しく聞き役に回っていました。 予想通り、話はだんだんとジェンダー(男と女の性差のこと)論になっていきました。 そんなとき、一人の女性がこんなことを言いました。 「兄弟関係の中で、長男はまるでオーナー社長≠フような感じがするんです。でも長女はせいぜい中間管理職≠ゥな」 長女は中間管理職──。 なるほど、長女は自分自身をそういうふうにとらえているのかと感じさせられました。 言い得て妙というか、なかなか鋭いとらえ方です。 というのは、わたしはよく会社のセミナーに、講師として招かれます。出席者の多くは中間管理職と言われる人たちです。セミナーの中、あるいはセミナーが終わった後に、これらの人びとからよくグチめいた話が出るのです。 彼ら(あるいは彼女ら)のグチを長女に置き換えてみると、なるほどとうなずける面がいろいろとあります。 部下からは突き上げられ、上司からは押さえつけられる。両者の主張を調整しながら懸命に仕事をしているのに、その評価は低いというのが中間管理職と言われる人たちの不満のようです。 たしかに利害の異なる人びとの間に入って、両者の言い分を聞きながら調整するというのは、骨の折れる作業です。うまくいって当たり前。しかもうまくいったところは、利害対立した双方が、自分たちが譲ったからだと感じています。 その反面で、どちらにも不満が少しずつ残ります。その不満は調整役である中間管理職に向けられるのです。あまりいい役回りとは言えません。 長女の場合、上司に相当するのは両親でしょうか。あるいは、兄がいるかもしれません。部下は妹や弟ということになるのでしょう。 長女は中間管理職≠ニいう説を展開したさきほどの女性が続けます。 「きょうだいの中で何かを決めるとき、長女はきょうだいの意見を聞きながら、その中に自分の意見を紛れ込ましていくという傾向があると思うのです。しかも、頭の半分では親がそれについてどういう反応をするか計算しているんです」 部下の顔を立てながら上司の意向をうかがう、まさに中間管理職の発想と言えそうです。 「長女って、けっこうストレスが溜まっていると思いますよ」 この辺りも、日本の企業の中の中間管理職とよく似ているような気がします。経営サイドに立つとはいえ、その権限は限られています。 言ってみれば、軽い権限と重い責任の狭間でストレスを溜めているのが、日本の中間管理職であり、日本の長女なのでしょうか。 ●長女のプライドの高さは、いい面にも悪い面にも表れる? 一般的に、長女とか長男には親の期待が過剰にかけられがちになります。 生まれる前は、誰もみな「丈夫な子でさえあればそれでいい」と言います。でも、まだ赤ちゃんの首がすわらない時期に、「先生、子どもの情操教育はいつ頃から始めたらいいのでしょうか」などと真顔で聞かれることがあります。 子どもに注ぐ期待も、親の愛情の一表現と言えるのかもしれません。 こうして長女は両親の期待を一身に受けて育ちます。長女に自意識や、責任感が強いタイプの人が多いのは、親の期待の表れです。長女の自意識や責任感の強さは、よい面にも悪い面にも表れます。 小さいうちから、自分の身の回りのことは自分でできるとか、妹や弟の面倒をよく見るというのは、自意識や責任感がよい面で表れている証です。長女は、「きょうだいのお手本でありたい」と思っているのです。 では、自意識や責任感が悪い面で表れるとどうなるのでしょう? 「いつも完璧でありたい」と願うあまり、自分の小さな失敗が許せなくなってしまうのです。あるいは、「かっこ悪い自分は許せない」と思ってしまうのです。これが長女の弱みと言えるかもしれません。 要するに、長女はバツの悪さが苦手と言えます。 ちょっとした思い違いは誰にもあります。 こんなとき、「ええッ? 知らなかった」と言えばそれですんでしまうことが、長女には言えない。言葉を飲み込んでしまうのです。 妹や弟なら「えへへ……」などと、頭をかきながら多少おどけてかんたんに言えることが長女には言えない、そんなことがあります。 長女が曖昧にごまかして、すませてしまおうとするとき、妹や弟は意地悪く、「お姉ちゃん、知らなかったの?」などと、追求します。 こんなとき、長女の自意識の強さが裏目になって表れてしまうのです。「今さら知らなかったとは言いたくない」。だから何とか挽回せねばと焦ってかえって深みにはまってしまう、そんな一面があります。 もしも長女がこんな窮地に落ち込んでいるのを見つけたら、そばにいる母親でも父親でも、彼女のピンチを救ってあげてください。 さりげなく、「お姉ちゃんが知らないわけないでしょう、もういい加減にしなさい」とぴしゃりと言って、長女のプライドを守ってあげてほしいのです。 あるいは、「お父さんだって知らないことはたくさんある。つまらないことを知っているからといって威張ってみせるのは恥ずかしいことだぞ」と、いうように長女の肩をもってあげるのもいいかもしれません。 自意識や責任感の強さは、いい面にも悪い面にも表れます。それは、ものの表裏と同じだからです。悪い面に表れたときは親がかばってあげることが大切です。 こんなとき、親までいっしょになって、「お姉ちゃんも知らないことがあるのか」などとからかうと、プライドはズタズタに引き裂かれ、心にわだかまりをつくってしまいます。「知らないことは知らないとはっきり言いなさい」などというのも禁句です。長女は懸命に母親の代理を務めようとします。その後ろ盾が崩れたら、きょうだいの中で長女の立場は失われてしまうことになります。 ●きょうだいたちが喜ぶリーダー£キ女の教育的指導とは? よい面でも悪い面でも、長女は妹や弟の上に立とうとします。 それが長女の特質なのですから、よい面を伸ばすようにすれば、すてきなきょうだい関係が築けるはずです。 どうすればいいかというと、前の項で書いた長女の自意識や責任感に働きかけることです。 たとえば長女が一人でいるときに、母親が、「今日の夕飯は何にしたらいいと思う?」と聞くのです。「あなたは何が食べたいの」と聞くのではなく、「みんなに何を食べさせればいいのかな」というニュアンスで相談するのです。 そのとき長女の答えが、たとえばカレーライスだったり、ハンバーグだったりと長女の好物だったとしても、それはあえて受け入れてあげます。 大切なのは長女一人に相談し、それを受け入れるということです。逆に言えば、受け入れやすいことを相談するということでもあります。 大人にとっては何でもないことでも、長女は「お母さんが私を頼りにしてくれている」と感じます。もう少し言うと、「私一人を頼りにしてくれている」と感じるはずです。これはいい意味で、長女の自尊心を満足させることになります。 母親にいろいろと相談される長女は、頼りにされる喜びを知りながら育ちます。無意識のうちに弟や妹の相談にもよく乗るようになるのです。 ここがポイントです。 いずれにしても長女は母親代理≠ニして、弟や妹に教育的な指導をします。長女は教育的な面での指導が好きなのです。 だとすれば、上手にそれが行われる方がいいということになります。とはいえ、朝礼のとき、先生が高い台の上から子どもたちに何か言うようにして、妹や弟に訓話をしてもほんとうの意味で教育的指導にはなりません。 「お姉ちゃんは威張っている」とか「口うるさい」ととられるだけです。 では、長女が保健室の先生のような存在だったらどうでしょう。妹や弟が何かトラブルが起きて困ったとき、気軽に駆け込んで相談できるような存在です。そこまで期待するのは酷ですが、たとえて言えばそういう存在になれればいいでしょう。 高いところから一方的に話をするのではなく、向こうから寄ってきて「お姉ちゃん、どうしよう」と相談できる存在です。 わたしも小学校の校長をしていましたが、その経験から言っても、教育的な指導とは話すことではなく、聞くことなのです。 相談に乗ってあげられるということは、「よく聞いてあげられる」ということとイコールです。 そして、よく聞いてあげられるというのは、長女の本来的な温かさの現われです。きょうだいたちから信頼されている長女はよく話を聞いてあげられる長女なのです。 |
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