立ち読み Shinkosha Book Web 新講社

歩くとなぜいいか?
大島 清
ISBN: 4-86081-043-0  C0095
発行年: 2002年2月5日
定価: 1,365円(税込)



◆まえがき

 人はなぜ歩くのだろうか。
「足」があるから。
「道」があるから。
 行くべき「場所」があるから。
「ダイエット」になるから。
「生活習慣病の予防」になるから。
「ボケ防止」になるから。
「考えごと」は歩いた方がまとまりやすいから。
  どれも正解だろう。
 だが、もし歩くことが苦痛だったらどうか。どんな理由があるにしろ、歩くことが苦痛なら人は何とかして歩かない方法を考えるだろう。
 でも、散歩に出ると実に多くの人が歩いているのに出くわす。みんな楽しそうだ。最近よく見かけるのは、長年連れ添ったと推察される夫婦の二人歩きだ。苦しんで歩いている人など一人もいない。
 すると、「人はなぜ歩くか」の答えとして「楽しいから」があっていいことになる。というより、これが一番目にあって、次にいろんな目的が出てくるのではないか。
 歩くことは楽しいことなのだ。実際、人はダルマさんではないから、一つところにじっとしてはいられない。歩いているとさまざまな光景に出合う。大勢の人とすれ違うし、いろんな花が咲いているのを見ることができる。次から次に現れる商店の店頭でウインドーショッピングも可能になる。遠くにある山がだんだん近づいてくるのも、歩く楽しみの一つに数えていいだろう。
 わたしたちは歩くことで、パノラマのように次々に目の前に展開する出来事を楽しむことができる。「展開する出来事」はすべて情報。その情報を楽しむことは生きていることの証でもある。
 この本でまず明らかにしたいのは、歩くことの楽しさだ。
 そして楽しく歩くことで結果として、健康になり、ダイエット効果が得られ、精神の明るさを取り戻し、食欲が増して食事が楽しくなるし、心の風景が豊かになる。
 そういうことを書こうとしている。

 キーワードは「歩くと楽しい」である。

 読者のみなさんに、わたしの体験から得られた楽しく歩くための情報をお知らせしたいと思う。
 まず「ダイエットあり」、あるいは「生活習慣病予防あり」でなく、まず「歩く楽しみ」があり、その結果としてダイエットになり、長生きでき、脳年齢が若くなり、ボケ防止になり、生活習慣病の予防になり、がんとも闘えるし、気持ちが強くなる。
こういうふうに考えれば、自然歩くことが長続きする。どうせやることなら楽しく長く続けたいというのが正解だろう。

◆「歩くことはそれだけで喜びになる」ことを知っていますか?

 一日に5000歩程度を積み増すのは、それほど大変なことではないと思う。いちばんかんたんな方法は、30分程度の散歩だ。
 サラリーマンなら、いつも使っている駅の一つ手前で降りてオフィスまで歩く。帰りも同じようにすれば、それだけで5000歩程度は歩けるだろう。
 朝は忙しくて時間がつくれないというなら、昼休みに15分程度の散歩をするというのもいいだろう。ちょっと遠くの店までがんばって行って昼飯を食べるのだ。  帰りは一つ先の駅から乗るようにすれば、合計で30分程度は歩けるのではないだろうか。
 このように意識して時間をつくり出すようにするだけで、だんだんと歩くことが趣味になっていくはずだ。
 わたしたちはもともと歩くことが嫌いではない。というよりわたしたちの脳は歩くことに喜びを感じるようにできている。
 歩いているとき、脳は活発に動いている。ギリシャの哲学者アリストテレスは、散歩をしながら弟子たちに講義し、散歩をしながら議論もした。わたし自身の経験で言っても、歩いているときの方が、自由な着想が得られるような気がする。
  なぜだろうと考えて、一つの結論に達した。歩くことは本能に根ざした快感であり、快感に包まれるとき脳は活発に動いているのだ。
 しかし昔の人のようには歩かなくなった現代人は、歩く喜びを忘れてしまっている。意識して歩くというのは、その喜びを思い出すことなのだ。30分歩けば30分楽しくなる。楽しければ、また歩こうという気にもなるだろう。
 しかしそうは言っても、30分歩いたけれど、一向に楽しくなかったという人がいるかもしれない。ただその人も間違いなく、歩いた分だけ足腰が鍛えられている。体が健康になっている。
 体のためによかったのだと考えれば、また歩こうという気分になるはずだ。
 だから一日や二日歩いただけでつまらないと決めつけないでほしい。歩く喜びを思い出すのに時間がかかっているだけなのだ。言葉を換えれば、それだけ「現代人」になっているということだ。
 歩いている間は、少しだけ現代人を忘れるようにしてみるといいかもしれない。子どものころ下町を歩き回ると、横町ごとにいろいろな匂いがしていたなとか、稲を刈った後の広々とした田んぼを走り回って泥んこになったな、などと思い出してみる。
 こんなふうに思うだけで、たとえ都会を歩いていても風景が違って見えるものだ。昔懐かしい看板が目に飛び込んできたり、公園のささやかな自然に故郷の風景を思い起こしたりするかもしれない。
 現代人は忙しすぎるし、うるおいがなさすぎる。歩くことは、こうした忙しさからしばし自分を解放することであり、かさかさした心にうるおいをもたせることにもなる。
 この二つの要素は、長続きする趣味に欠かせないものでもある。歩くというかんたんな行為でしばし現代人≠忘れてみると、それまで気づかなかった自分が見えてくるかもしれない。
 いい趣味は新たな自分もつくり出す。こんなことからも歩くことは趣味の王さまと言えるのではないだろうか。

 


詳細ページへ
当サイトに掲載するすべての画像およびテキストの
無断複写・転用・転載は固くお断りいたします。
Copyright(c)2009 Shinkosha.All right reserved.